「伝習録」2 批判精神について

伝習録」では、「良知」を磨いて実現し、聖人に至る方法について様々な角度から説かれています。そのような王陽明の言葉の中から、僕が普段から思い出し、かみ締めているものを一つ紹介します。

 

以下引用

 

「学ぶとはぜひとも我が身に反省することだ。もし、わけもなく他人を責めたてるなら、他人のあらばかり目について、自分のまちがいは見えないものだよ。もしも我が身に反省することができると、はじめて自分にはたくさんの至らぬ所があることに気がつくから、もはや他人を責めたてるゆとりなどないものだ。

 

中略

 

きみは今後、他人の是非をあげつらうことをしないことだね。そもそも他人を論難しようと思ったときには、それこそ一つの大きな私的感情だとみなして克服してこそはじめてよいのだ。」

 

 

伝習録―「陽明学」の真髄 (タチバナ教養文庫)

伝習録―「陽明学」の真髄 (タチバナ教養文庫)

 

 

引用ここまで

 

 王陽明は生前、朱子学を擁護する学者等と日常的に激しい論争を繰り返していたと想像されます。思想家として有名になるについて、激しい誹謗中傷を受けました。その王陽明が、他者批判よりも自己反省に徹していたというのは、驚きです。これは、王陽明の人徳の高さを物語っているのではないでしょうか。

 

僕は学術の世界にいるので、大学のゼミや学会、論文等、周りで日常的に批判が行われています。Twitterを開けば、つねにどこかで言い争いが起きています。研究者の中には、少し批判めいたことを言われたら、熱くなって言い返す人が多くいる気がしています(当然、冷静で尊敬できる研究者もたくさんおられるのですが・・)。

 

最小限の批判はもちろん必要ですが、感情的になったり我が出て、「理詰めで相手を言い負かせてやろう」等という気持ちが少しでも起きれば、その時点で良心の太陽が我欲の雲で覆われていると思います。僕は科学的な批判精神も理解しながら、論理より常識と礼儀、良心を尊重したいと思っています。健全な人間関係・信頼関係があってはじめて、批判が活きるはずです。